日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

居場所

自分の居場所が解らなくなったのは何時からだろうか。所属するものは沢山ある。それは、仕事だったり家族だったりの関係で、決してそこは居心地の良い居場所ではない。それは、居なければならない場所だ。居たいとは、帰りたいとは思えない場所。それでも、社会で生きていく中で必要最低限だと割り切って存在している場所でしかない。
そんな俺に、居場所を作ってあげるとか巫戯気た事を言ってくれる男がいる。
仲は良くない。むしろ、犬猿の仲だと思ってる。会うたびに喧嘩しか出来ないし、会いたくもないのに何故か行き先がリンクしてしまうとか最悪以外のナニモノでもない。それでも、そんな他愛のない喧嘩とか些細なリンクとかが、嬉しくなかったわけじゃない。
素直じゃないし、自分でも馬鹿らしくなるぐらいに天邪鬼だ。そんな俺に居場所をとか言った男の目は、真剣だった。何時もは本当に腹が立つぐらいにいい加減で適当で、本当に社会を舐めて生きてやがるなコイツはってぐらいに、もういいところとか思いつかない男なのに。
なのに、俺は今ソイツの隣で生きている。呼吸をしている。こんなに楽に生きが出来るのは何時以来だろうか。息苦しさもなければ、閉塞感も感じない。あぁ、これが生きてるって感覚なんだって思えた。
不思議なもので、呼吸が楽になったら、急に俺を取り巻く世界が変わって見えた。今まで白と黒の二色でしかなかった世界が、急に美しいものに、優しいものに見えた。今思えば、俺が世界に背中を向けて鈍くいようとしてたんだって理解できる。
それは、俺が何時の間にか、自分でも知らないうちに作り上げた防御壁みたいなもので、それを突破しようとしてた人間は結構いたらしい。まぁ、誰にも突破できないから居場所がないとか思ってた訳で。



「なぁ、何余計なこと考えてる?」


頭の上から落ちる声。同じ男に抱きしめられる、嫌悪していたその行為が心地良く思えるのは、きっと相手がこの男だからだろう。そうだ、始まりは確か、怒られたところから。こんな何の価値もない硬いばかりで女みたいな柔らかさや優しさを持たない俺を欲しいとか言ったから、こんなモンで良ければいくらでも好きにしろって言ったんだ。どうせ、俺は汚いし碌なもんじゃないしとっくに傷が付いて壊れているからって。そしたら、今俺を抱きこんでるこの男は、本気で怒った。


「人の話聞いてる?ねぇ、俺の話聞いてる?」
「聞き流してる。」
「ひどっ!!ちょ、俺の繊細なガラスのハートが砕ける。」
「五月蠅い。軍事規格の防弾ガラスが何をほざいてやがる。」
「お前のこと限定で繊細になんのよ。」
「・・・。」
「ちょ、だから砕けるっての。無言で冷めた瞳で睨むのやめて。マジで泣きそうだから勘弁して。」
「・・・お前のこと、考えてた。俺と、お前のこと。」


泣きそうとか言う割には、その瞳は優しいし甘い。多分、柔らかいってのはこんな感覚なんだろう。煮詰めて、とろとろに融けて、それを惜しげもなく晒して与えて。纏わり付くような不快感はないのに、余すところなく隙間もなく埋められる、包まれる。すりっと胸元に擦り寄れば、少しだけ驚いたみたいに短く息を詰めてから、甘えた気分?って言いつつ強くキツク抱きしめて背中を撫でてくれる。
あぁ、この感じはなんだろう。胸の奥から、身体の一番深いところから競り上がる塊。叫びたいのか突き放したいのか手放せないのか、持て余してしまう塊は、やがて内側から俺を侵食して表に、突き破って表れる。


「な、なんで泣くの?痛いのか?怪我してるのか?何かあったのか?疲れたのか?」


馬鹿みたいに慌てふためく声が、ますます涙を溢れさせる。チクショウ、泣きたい訳じゃないんだ。決して、この男に泣いて縋りつきたい訳じゃないんだ。


「大丈夫だよ。」


あぁ、本当に。もう、全部がコイツのせいだ。居場所がなければ、初めから求めはしないのに。俺には分不相応な願いだと思えたのに。


「俺は、お前の居場所だから。」


なんでも欲しいものはあげるって。どんなに嫌がってもこの手は離さないって。俺が願っても、もう離してやらないって。続く言葉は柔らかい。
砂漠で気紛れに地面を濡らす雨みたいな。乾いた大地に染み込み温かくて優しい慈雨。



「だから、なんでも望んでいいんだよ。我がままに、生きていいんだよ。」


こんな俺でも、本当に居場所になると言うのなら。


「・・・名前を、呼べ。」


あぁ、チクショウ。そんなに嬉しそうな顔して笑うな馬鹿が。
耳元に落とされたのは、俺の為だけに紡がれる、俺とコイツだけが知ってる、俺の本当の名前だった。