日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

終焉の日

豪華な部屋。
調度品は全てが最高級の物。
身に纏う衣装は全てがオーダーメイド。
同じ物は一つとしてない。
華奢な猫足が優美な曲線を描くビロード張りの椅子。
この部屋に連れて来られて、一番最初に与えられた物だ。
何でも、どんなものでも、望むものは全て用意される。
望んで手に入らない物は無い。


そう、それは自由を奪われる代価。
この世に生れ落ちた瞬間から決められた、籠の鳥となる運命。
抗っても無意味。
それならば、状況を享受して怠惰に過ごす。それが唯一の抵抗。
無理難題を持ち掛けて、叶わなければ首を切り落とした。
その内に、首を切り落とす方が面白い事に気付いた。
変わりはいくらでも存在する。
全ての人間を殺しても、次の日には新しい人間が揃う。
やがて、人間を数でしか捉えられなくなった。
不思議だ。
あれ程恋焦がれた籠の外が、いつしか疎ましい物となった。
籠の中、慣れた鳥は翼を広げない。
翼など、初めから存在しなかったんだ。


新しく手に入れた子猫を戯れに撫でて、山と積まれた菓子に手を伸ばす。
チョコレート、クッキー、ビスケット、マカロン、生クリームと砂糖に飾られたケーキ、ドーナツにも白い砂糖をふんだんに塗して。
甘い物に囲まれて、豪華なレースに飾られて、籠の鳥は子猫と遊ぶ。
鋭いフォークを丸いケーキに突き立てて、柔らかなスポンジと真っ白なクリームを掬う。真っ赤な苺を噛み砕いて飲み込んで。琥珀の紅茶に一筋、黄金の蜂蜜を流し込んで。
全ての現実を隔絶した籠の中。
どうして籠の中にいるのか?
そんな事、どうでもイイ。
ほら、今日も運びこまれる大量の品物。


「あぁ、箱に傷。」


折角真っ黒で美しい箱だったのに、無粋な傷が一つ。


「ねぇ、これ運んだ人、目の前に連れてきてよ。」


籠の中に君臨する、哀れで愚かな暴君。
絶対的な言葉と権力。逆らうものは誰一人居ない。
引きずり出された哀れな犠牲者。震える唇から紡がれる命乞い。まだ幼き少女だ。


「ごめんね、そんなに怯えないで。」


すべらかな頬に手を伸ばして、籠の鳥は優しく微笑む。
酷い事はしないと、優しく甘く、砂糖菓子の様な声を紡いで、左手に持ったフォークを少女の瞳に突き立てる。
劈く悲鳴は籠の中で反響して消えていく。
飛び散る赤き鮮血は、籠の鳥の衣装を汚していく。
真っ白なレースが、高価なエナメルのヒールが、赤に染まる。



「そんなに泣かないで。素敵よ、赤い涙が白い肌に映えて美しい。」


残った瞳も潰して、籠の鳥は変わらぬ微笑みを。
陶酔した瞳を輝かせて、泣き叫び血の涙を流す少女をうっとりと見つめる。



籠の鳥は、狂ってしまった。



小さな世界の暴君は、破滅の足音を感じられない。


ある日、砂の城を崩すように、小さな籠の世界は消失する。
籠の鳥は犯罪者となり、暴君は消え失せる。
籠の鳥はそれでも理解を出来ない。
どうして世界が消えたのか、理解をする事が出来ない。
どうして?なぜ?
この世界は、自由と引き換えに与えられた物。
この世界が壊れるとき、それは籠の鳥が自由になる時。



「何か、言い残すことは?」



生まれて初めてみた外の世界。
遥か彼方に広がる青い空。
憎しみと嫌悪に染まった沢山の瞳。
聞こえるのは罵声と怒声。
汚い世界と綺麗な世界が背中合わせに存在する曖昧さ。




「ねぇ、今度はこの空を、持ってきて。」



それが、籠の鳥の最期の言葉。
引きずり出された籠の鳥は、粗末な処刑台の上へ。
処刑台の粗末さに似合わぬ豪奢な衣装を纏う籠の鳥。
ふんだんに使われる白きレース。
滑らかな手触りを保つ真黒きビロード。
細い首を廻り白さを引き出す赤い革。


振り上げられた剣を見つめ、微笑んでみせる。



「綺麗だ。」


振り下ろされた剣が、籠の鳥の首を切り離す。
微笑んだまま、跳ね上がった首は空に吸い込まれる様に空中を舞飛ぶ。



籠の鳥の咎は、一体何なのだろうか。