日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

涙は飾りでしかない。

一瞬で空間を支配できる唯の道具でしかないと、思っていた。
感情が伴う事なんてないと思っていた。だって、これは唯の肉体の条件反射でしかないから。
それなのに、それなのに。



飾りでしかないと気付いたのは、幼い頃。涙を一つ流せば、世間が幼い子供に甘くなる。
生きるために盗みを覚え、生きるために盗んだ。見つかれば、涙ながらに現状を拙い言葉で語った。世間が簡単に靡くことを、その時に知った。
それから、何をしても涙と空虚な言葉で許されると知った。
あの女が世界から消えて、世間的には可哀相な子供になった。周囲の同情するままのキャラクターを演じていれば、常に世間が思い通りに動かせた。生きる事が、楽になった。あぁ、こんなに簡単な事なんだと知った。
全てが思い通りに動く現状は、常に何かに飢えさせてくれた。生きていく上で必要なものは全て手に入ったけれど、このどうしようもない飢餓感は薄れなかった。それどころか、年を増すごとに酷くなっていった。
けれど、どうしようもない飢餓感を埋めようとは、思わなかった。
きっと、この飢餓感は罪人の証だと思ったから。これが無くなってしまったら、その瞬間から違う生き物になってしまうと思ったから。
埋まらない、埋められない飢えを抱えて生きる事になれた頃。こんな存在を全て包んで許して癒してくれる存在に会えた。物凄く陳腐でありきたりな話だけど、それでも嬉しかった。
自分が普通の、当たり前の生き物になれた気がして。とても、とても嬉しかった。
幼い痛みを凍結させていた心は、僅かだけれどその氷を溶かした。溢れた痛みは途方も無い広さと共に心を侵食していったけれど、それでも傍らで笑う存在に支えられた。


そして、その瞬間はたやすく打砕かれた。
あぁ、所詮は紛い物の存在だったのだろう。
打砕かれて粉々になった欠片を、唯の一つも手に出来なかった。
全てを何処かに連れ去られて、手の中には何も残らない。
残ったのは、記憶の中に埋まる笑顔とか温かさとか、曖昧で不確かだけど都合のイイものばかり。
それを繰り返し脳内で再生して、繰り返し時間を遡って。
擦り切れる記憶が悲しくて、それごと全てを凍結させてしまおうと思った。
溶かしてしまった痛みも全て押し込めて、何も感じない心を作ればイイ。
簡単なことだ。
出会う前に、戻るだけ。


鍵を掛けて、鍵穴を塞いで、箱そのものを氷の下に閉じ込めて。
そしたら、何も感じなくなった。
無くしたらいけないと戒めていた飢餓感すらも、感じなくなった。



涙は、飾りでしかない。
己の作り上げた真実を少しだけ幇助するだけの、飾りでしかない。
それでも、そんな涙でも、少しだけ、少しだけだから。
意味を持たせてもいいですか。
今、この瞬間に流す涙だけ。
意味を与えてもいいですか。
自分勝手で最低な言い訳だけど、この涙だけは、貴方に捧げたいと思うんだ。
何処を探しても見つからない、凍らせた記憶の中にしか存在しないけれども。
確かに、あの瞬間に感じていた思いは本物の幸福だと思いたいから。



だから、飾りでしかない涙だけど。
この瞬間だけは、意味を持たせてください。