日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

糸し糸しと言う心

ジリジリと殺人的な音量で鳴り響く目覚まし。
毎朝死ぬ気で止めてます。今日も、タオルケットの間から手を伸ばしてスイッチをオフに。そして、そのまま二度寝に突入する寸前に飛び起きる。そうだ、今日は暢気に遅刻できる学校なんかじゃないんだった。
部屋を飛び出して一階のバスルームに飛び込む。途中ですれ違った母親はすっかり出勤の準備をしている。完全武装の女王様は今日も元気に金儲けに夢中。俺のことなど、一切目に入らないらしい。母親にとって、俺はいらない子供だから。それでも、俺はあの人が嫌いじゃない。母親としては知らないけど、人間として、女性として、彼女の行き方は潔いのだ。その一切の迷いの無さと張り詰めた強さは、結構カッコいいと思う。
飛び込んだバスルームでシャワーを浴びて、髪の色を元に戻す。反抗期だって解りやすいステッカーを付けさせてやる為だけに色を乗せたけど、本来の俺の髪は黒。そして、おれが唯一自分の身体の中で気に入っているパーツだ。
スキニージーンズと真っ黒なサマーニット。これは袖が着脱可能で、半袖を切れない俺に取って夏場は強い味方になってくれる。それから、首に下げるのは銀色の十字架。
余計な装飾のないコイツは、俺のお守りだ。
さぁ、準備は完璧・・・あ、指輪忘れた。
おそろいで買ったシルバーのスカルリング。これで完璧。
腰に付けた鞄の中身は携帯と財布、それから煙草。腕のポケットにアイポッドを忍ばせて駅まで走る。このクソ熱い中走る自分も馬鹿だと思うけど、それでも逸る心は止められない。だって、本当に久しぶりなんだ。会うのは・・・三ヶ月ぶりぐらいかな?駅の改札をスイカで通過して、こない電車を苛立ちながら待つ。あぁ、早く来い。いいから来い。飛び込んできた電車に飛び乗って、耳から流れる声が急かす。早く会いに来いと、早く、早く来いと。
扉に寄りかかって流れる川を眺めながら、ふと見上げたのは車内の中吊り広告。いっぱいに映る顔を目にした瞬間、心が鳴いた。糸し糸しと言う心、愛しい、愛しいと心が叫ぶ。

会いたい。

電話の向こうで囁かれた声に負けた。
会えなくても、僅かな時間しか連絡が取れなくても、短い時間で他愛も無い話をして受話器越しにキスを交わして。そんなママゴトみたいな緩やかな関係が好きなんだ。
今は会えない相手を思って、そっと心の中でエールを送って。そんな時間が好きなんだ。
それでも、想いは距離や空間を越えたとしても、その目を見たい。
会って、触れて、実感したい。
膨らむ想いは風船みたいに、今にも弾けて溢れ出しそうな程に。
ふと、歌詞の一部がリンクする。


お願い時間よ止まれ、泣きそうだよ。
でも、嬉しくて、死んじゃいそうだ。


あぁ、そうかもしれない。
一緒に居る時間が凄く大切で、何時も、時間なんか止まれって思うんだ。
泣き出しそうな程に切ないけれど、とても心地良い大切な時間なんだ。
嬉しくて、楽しくて、切なくて、本当に呼吸も止まる様な想いなんだ。


「朝目が覚めて、真っ先思い浮かぶ貴方の顔。」


携帯の待ち受けを写真にするのは恥ずかしいから、実はコッソリ着信画面に設定してるんだ。
どんな些細なメールでも、全てに保護を掛けてあるんだ。
どんな小さな記事でも、載ってれば雑誌を買って切り取ってスクラップブックとか作ってるんだ。
テレビの中に見つける度に、未だに見惚れてしまうんだ。

伝えたら、どんな顔をするだろう。喜ぶか、呆れるか、それとも嫌われる?
それは無いって言い切れないけど、それでも何でだろう。別れるとか離れるとか嫌われるとか嫌うとか、そんなの全然想像できない。


「ご乗車ありがとうございました。」


車内アナウンスと開くドアに導かれて、また走り出す。
もう少し、あとちょっと。
この道を横切って、この登り坂の先。
見えてきた真っ白な家。
恥ずかしいぐらいにベタな、海の見える丘に立つ家。
髪の毛OK、服装も大丈夫、乱れた呼吸を落ち着けて、心臓は少しも静かにしてくれないけどいいや。
渡された門の鍵を開けて、玄関の横に付いてる小さな呼び鈴を押す。
落ち着け心臓、ちょっと五月蠅い。赤くなるな顔、まだ早い。


「お帰り。」


待ちわびた本物の声と瞳が、俺を優しく温かく包む。
あぁ、本当に、泣き出しそう。



糸し、糸し、と言う、心。