日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

今日が過ぎればそれで幸い。

「明日が必ず訪れるなんて安寧で能天気な事信じてる、全世界の馬鹿に宣戦布告の花束を。」
「それ、決め台詞のつもりですか?」


入組んだ路地が迷路みたいに連なっている界隈。地下と地上の境を曖昧にして、どこまでも下に、どこまでも上にと重ねたガラクタのバベル。神様なんて存在しない世界なので、今の所崩壊の危機はない、と思いたい。


「右から二人。」


耳元で型の古い年季ばかりが一人前の通信機が言葉を伝える。それに従って、俺は手に持った銃を乱射する。刀と一体化したこのガンブレードと呼ばれる種類で、一時期爆発的に流行って沢山の工房が凌ぎを削って売り出していた。そんな中で、一職人一本の原則に基づいて作られた老舗工房ファンブルク製のガンブレード。扱いづらさが天下一品の我儘な道具だけど、使用者の意思を汲み取り認めた主には終生の忠誠を誓い立てる処なんかは、マニアの心を擽る。
そして、何よりも丈夫で長持ちする。一回買ったお客には職人が生きている限り終身アフターフォローまで付いてくる。
話が長くなったけど、まぁ俺の使ってるガンブレードがそれって事。


「誰に向かって言ってるんだか。」
「そりゃ、鏡の向こうの世界だろうよ。」


無事に始末屋を始末して、現金の入った鞄を抱えなおす。この現金と紙幣の原版をカルテルに届ければ仕事はお仕舞いだ。突き抜ける青い硝子の半円球。硝子のサラダボウルを逆様にすれば、この建物になるな。
小さく切り取られた認証基盤に、事前に渡されたカードを差し込む。それから現れたキーボードでパスワードを打ち込む。この手の機械が乱立して導入された時期と同じくして、犯罪者の死亡率が急激に悪化した。守りに立て込まれる前に殺してしまえ、なーんて単純な思惑が動いたかは知らないけどね。


「宅急便一丁。薄汚れた世界で一番信用の置ける紙切れをお持ちしましたぁ。」


びしっと敬礼一つしてやれば、サラダボウルの主は苦笑している。荒事とは無縁ですって顔をしている非情で冷酷な帝王。紙の上なら何人死のうがただの数字だと言い切ったその潔さが結構好きだ。血で汚れたことなど無いだろう細い指と繊細な動きは、純粋な血筋を伺わせる。


「ご苦労様でした。確かに受け取ります。サインは必要ですか?」
「サインなんて偽造できるものよりも、最も信頼の置ける紙切れを頂けますか?マイ・ロード。」
「信頼など、何時地に落ちるか解りませんけどね。」


用意された報酬をいただいて、俺たちのお仕事は完了だ。隣で仏頂面で立ってる相棒に金を持たせる。悲しい事実だけど、俺が持ってるよりコイツが持ってる方が襲われる可能性は限りなく低くなる。


「相変わらず、お二人で組んでいるんですね。」
「まぁね。こう見えて、コイツ結構面白いのよ?安ピカレスクを真面目にやっちゃう子だからね。」
「ぜひ鑑賞したいですね。招待状とドレスコードは?」
「招待状は必要ありませんが、ドレスコードは汚れても構わない服でお願い致します。なお、鑑賞の際に起こる如何なる事象にも当方は責任を持ちませんのでご了承ください。」
「それは、死んでも文句を言うなと?」
「死人の口など恐れませんが、半死人となった方の口は手よりも恐ろしいこととなりそうで。」


くっだらない掛け合いを終わらせて、サラダボウルを後にする。名残惜しそうに手を振る主に夕食でも誘われたけど、飯は腹割って食べるから美味いんだよね。


「なぁ、今日の晩飯どーする?チャイムでマッズイ缶詰買う?」
「金が入ったんだ。豪勢に落花でフルコースと行くか。」
「却下。落花の飯は確かに美味いけど、漏れなく付いてくるお姉さんは頂けない。」
「それじゃ・・・。」
「ファシスも未玲も却下。それにコンチネンタルも駄目な。」
「行く処がないじゃないか。」


ちなみに、俺が今上げた店は総ての料理にお姉さんが付いて来る。まぁ、料理じゃなくてお姉さん食べる場所なんだろうけどね。俺は今は下半身よりも腹部の空きを満たしたいんだってば。だいたい、女なんて抱かないだろうが、お前さんは。


「イェライシャンにしよう。あそこの蟹は美味しいし。」
「まぁ、妥協点だな。」


貰った報酬全部叩いて暴飲暴食の限りを尽くすこと二時間って所かな。今夜は余計な襲撃もないだろうし、潰れるまで呑んでやる。むしろ浴びてやる。


「必要経費は?」
「はぁ?そんなもん、明日が来てから考えろよ。明日が来ないかもしれないんだ。そんな時に宵越しの金なんて残してみろ。死ぬ瞬間まで後悔だらけだ。」
「そりゃ、そうかも知れないが。」
「今日が過ぎればそれで幸い。明日が必ず来ると思うなよ。」
「はいはい。」


明日が必ず来るなんて思ってる能天気で気楽な全世界。
それを撃ち抜いてなお存在する俺の思考。
今日が過ぎればそれで幸い。
小さな幸せを噛み締めよう抱き占めよう委員会、発足します。