日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

暗闇遊戯

真っ暗な部屋の中、一つだけ灯る蝋燭の明かり。
頼りない小さな明かりはふらふらと揺れて、部屋の中の陰影を彩る。
ふいっと風に遊び踊る影が二つ。
離れてはまた寄り沿って、また離れる。
寄り添うたびに響きあうのは、金属が撃ちつけられる甲高い共鳴音。
二人分の楽しそうな笑い声は細波の様に寄せては離れて木霊する。


「夕火の刻、粘滑なるトーヴ。」
  
    「遥場にありて回儀い錐穿つ。」

「総て弱ぼらしきはボロコーヴ。」

   「かくして郷遠しラーヌのうずめき叫ばん。」


きん、きん、打ち合わされる金属二つ。弱い蝋燭の明かりに浮かぶ幼い笑顔は、半分隠された陰の中に浮かび上がる。顔半分を覆うのは、真っ白な仮面。オペラ座の地下牢に住まう禍々しき醜い怪物と同じ、半分の仮面。
子供の顔に不釣合いなはずなのに、なぜか二人の子供には当たり前みたいに似合ってしまう。それは、この空間が作り出した戯言、世迷言、そして最大の嘘。



「また、双子は暗闇訓練?」
「えぇ、気に入ったようです。」


暗闇を監視するのは無機質な銀色。テレビモニタに囲まれた小さな監視部屋の中、二人の研究員が話し合う。



「上層部は、双子の廃棄を検討してるわ。」
「それはそれは、暗部から目を背ける古典的な権力者ですこと。」


皮肉気に口元を歪めて、モニタを覗いて研究員は短い口笛を一つ。安定した国が築かれ、それまでの功績を総て罪とされた機関は、すでに解体寸前だ。残されるのは、有能が故に扱いがたい人間ばかり。国なんて大義名分をご大層に磨く気など更々ない、イカレタ大人が残るばかり。残されたばかり。
イカレタ大人は、イカレタ子供と同じだ。大人であるだけなお扱いがたい。


「双子に、その話は?」
「したところで無意味でしょう。」
「そりゃ、そうだ。」


おどけて両手を挙げる研究員と呆れた顔の研究員。モニタの中は、何時の間にか暗闇が消えている。見えるのは、御伽噺の子供部屋。空色の壁紙と真っ白な雲が描かれる部屋の中、大きなベッドは柔らかい天蓋がぶら下がり、そこかしこに置かれた沢山の人形。熊と兎が抱き合って、その傍らで大きなゴリラが鎮座して、その隣にあるのは麒麟の滑り台。真っ白な木馬はため息が出るほどに美しい職人技が冴え渡る。クレヨンに色画用紙、鮮やかな魚が泳ぐ水槽に真っ赤な尾鰭をたなびかせる金魚が泳ぐ金魚鉢。ビー玉やおはじきが床に転がっている。
天上にぶら下がる二つの鳥籠の中身は、玩具の小鳥。双子はその小鳥をそっと籠から取り出す。尾羽を触れば美しい贋物の声で歌い啼く小鳥を肩に止まらせて、お互いの顔を覆う仮面を外す。



「ヴォーバルの剣ぞ手に取りて。」

    「尾揃しき物探すこと永きに渉れり。」

「憩う傍らにあるはタムタムの樹。」

       「物想いに耽りて足を休めぬ。」


クスクスと笑い合いながら、双子は歌を止めない。二人の傍らに置かれるのは、細身が美しい諸刃の剣。細い細い鋼の凶器は双子の玩具だ。きん、きん、と打ち合う金属音を好む双子は、最近お気に入りの暗闇遊戯を繰り返す。決して片割れを傷付けることが無いと互いに知っているからこそ出来る暗闇遊戯。生まれたときから同じ感覚を分け持った双子だけに許された、特別な遊び。



「さっきから双子が歌ってるの、なんだっけ?聞き覚えが。」
「あぁ、ジャバウォックの詩ですか?」
「なに、それ。」


ブラック珈琲のカップを手渡す研究員は、聞きなれない言葉に首を傾げる。それから、自分のカップの中に角砂糖を七つとスティックシュガーを七本投入。そのあまりの暴挙に眉を顰める研究員は、もう一度ゆっくり同じ言葉を繰り返す。


「なーんか、呪文?」
「外れです。ルイス・キャロルの創作ですよ。」
「あー・・・少女趣味の家庭教師だっけ?」
「嫌な言い方しないでくれますか?」
「じゃ、ナボコフ野郎。」
「どっちにも土下座して謝れこの野郎。」



くすくすと笑う双子は、同じ顔を楽しそうに歪めて歌を紡ぐ。ぽんぽんと短いセンテンスを交わして、繰り返す同じ歌。投げ捨てた仮面には見向きもせずに、今度は大きな兎のヌイグルミを抱きしめて、床の上に二人して横になってクレヨンを握る。



「さてもジャバウォックの討ち倒されしは真なりや?」

  「我が腕に来たれ赤射の男子よ!」

「おお素晴らしき日よ!花柳かな!華麗かな!」
 
 「父は喜びにクスクスと鼻を鳴らせり。」



互いの鼻を刷り合わせて、双子はクレヨンを放り投げる。ジャバウォックがやってくるー!!と大絶叫しながら走りまわる部屋の中。



「双子を、廃棄するの?」
「今、考えてますよ。」
「じゃぁ、簡単な処理方法。扉を開けて見ないフリ。生きるも死ぬのも、最後は自己責任ってね。」


止める間もなく開かれた双子の部屋。
音もなく開く扉を見つめる双子は、きゃいきゃいと笑い転げて外に走り出していく。
半分の仮面と細身の剣を腕に抱いて、いざ行かん!!いざ行きや!!と互いに掛け合いながら。
遠くなる歌声、最初と同じフレーズが繰り返されて最後、声は聞こえなくなった。



「さぁ、僕らも行こうか。」
「・・・その前に、珈琲でも飲みますか?」



モニタの電源を切った研究員。と、同じ顔をした研究員は、最後の砂糖をさっきの珈琲に総て投入したのにと笑う。その手の中には、双子と同じ半分の仮面。



「夕火の刻、粘滑なるトーヴ?」
「はぁ。・・・遥場にありて回儀い錐穿つっと。」



暗闇遊戯は、双子の特権。