日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

背中合わせ

寂れた温泉街の駅。
田舎の駅の癖に、ホームだけはえらく広いしデカイ。
屋根はあるけど、他には何もない寂しいホーム。
最近では滅多に見かけなくなった、ホームの灰皿。


あぁ、この駅にはまだ灰皿があるのか。


安心して、煙草を咥えた。
小さな鞄一つ。


まるで、心中でもしにきたカップルみたいだ。
男二人で?


些細な冗談から細波みたいな微笑が広がる。


アンタ、煙草止めるんじゃなかったの?
止めた方が体に悪いさ。火を、貸してくれ。
え、マッチ最後の一本だもん。ライターなんて、俺の美学に反するからね。許せるのはジッポだけだよ。
じゃ、俺はどうやって煙草吸うんだ。
ん。


咥えた煙草をそのまま突き出した。
火種なら、此処にあるじゃないか。
この小さな火を共有するのは嫌かしら?


なんだか、映画のワンシーンみたいだね。
馬鹿な事を。
そう言うアンタも、顔が笑ってる。


背中合わせで、一本の柱に体を預けた。
空はどんより曇っている。
北風なんだか海風なんだか、ともかく寒いのは確かだ。
それでも、この空間から動く気にはならない。
背中合わせの冷たい柱が、なんだかいとおしい。
ただの鉄の柱だけど、アンタが其処にいるから、温かく感じられるんだ。
俺ね、多分アンタの事好きなんだと思うよ。
絶対に口にしないし、態度にも表さないけどね。
恋愛感情なんて青春みたいな甘酸っぱい感情で、アンタの事を愛しちゃってるもん。
本音は隠して、冗談交じりに告げる事しか出来ない愛だけどさ。
アンタにこの気持ちバレたら、多分俺は死んでしまう。
アンタが一番必要としない感情だもんね。
でも、こうやってテリトリーの中に入れてくれるって事は、アンタも意味は違えど、俺を気に入っているって、思っていいよね?
あぁ、それだけで俺は最高にハッピーなんだよ。
あんなに他人と自分をハッキリ区別するアンタが、俺を近くに置いてるってだけで、俺は幸福。
ねぇ。届かないのは解ってるけど、一つだけお願いさせて。
アンタは、誰の物にもならないでね。
そうやって、世界を、全てを遠ざけていてね。
アンタがもし誰かの物になるのなら、俺はその誰かを殺しに行くからね。
アンタは、檻の中の獣にならないで。
そうやって、自由で孤高で悲しく寂しく気高い人でいて。



煙草一本吸い終わって、俺はポケットからひしゃげた煙草の箱を取り出す。
しまった。火がないんだっけ。
踏み潰した煙草の感触。伝わる訳がないのに、靴底にこびり付いた感じだ。
仕舞った。やっちまった。


おい。
何ですか。俺は今人生の後悔に付いて考えてるんですけど。
火なら、あるだろ?


さしだされた顔。
そんな短い煙草に火種を求めたら、顔が近くなるだろう。
ただでさえ呼吸が止まりそうになるのに。
俺は、心臓麻痺で死ぬかも。
こいつ、もしやデスノートでも持ってるのか。
まさかね。
俺の本名は俺だって知らないもん。
存在しないものは、殺せないでしょ?
アンタ、その顔止めて。
マジで、心臓止まりそう。


少し減らせよ。
アンタに言われたくないよ。
煙草は、欲求不満の表れだと言うな。
人の下半身の心配は余計なお世話だよ。
なんだ、図星か。解りやすい。
失敬な。煙草ごときで俺を決定されてたまるか。アンタだって、随分吸ってるじゃん。一日二箱コースの癖に。このムッツリ変態。


あぁ、軽口一つ叩くのも命がけ。
誰か、俺の潤滑油指されてタップリ廻る口を縫いとめて。錆び付かせて、永久に活動を止めて。
永久機関なんて、存在しなくていいっての。
真っ黒い電車が滑り込む。
なんだか、棺桶みたいだ。
もしくは、霊柩車か。
真っ黒な鉄の塊な電車に乗り込んで。
煙草の代わりにチュッパコーラ味を咥えたら、アンタは笑った。
プリン味はイマイチだったけど、コーラは上手いと思う。
スイカも微妙な味だったな。
視界に広がる海。
大きな窓が売りの電車らしいけど、真っ暗で何も見えない。



明日、晴れたら観光しない?ほら、温泉だし。
仕事で来てるのに、そんな暇あるか。
えー、詰まんない。もっと軽く行かないと。
脳みその変わりにヘリウムガスを入れているから馬鹿で軽いのか。悪かったな、地上に縛り付けて。紐を解いてやるから何処にでも飛んで逝け。
ニュアンスが違う気がする。
気のせいだろう。
ちぇ、けーち。ばーか。ムッツリー。




俺を縛るのは確かにアンタだけど、解いて欲しいなんて思ってないよ。