日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

赤い首輪の黒猫日記

1月某日 寒い寒い雪の降った夜 ロイヤル・コーヒー



からん。と響くドアベルの乾いた音。マスター自作のドアベルは、お客様には大変不評だ。何でも、以前に使っていた金属のドアベルの方が店の雰囲気に合っていたとか何とか。そんなお客様は、今日もドアベルを見上げて首を傾げては店内へ。


「いらっしゃいませ。」


マスターが、カウンターの内側から声を掛ける。それに合わせて僕も鳴く。


「こんばんは、マスター。それに、クロも。」


真っ黒な毛皮に、金と緑のオッドアイ。僕の名前はクロ。マスターが付けてくれた名前。
このお店、「眠り猫」は街角に立つ小さなバー。ずーっと昔にマスターのおじいちゃんがお店を開いて、亡くなる時にマスターに譲ったんだって。その頃から変わらない店は、小さいけれど暖かくて清潔だ。毎日、毎日、ピカピカになるまで磨き込まれたカウンターの上が僕の定位置。お客様が入ってくるドアが一番最初に見える場所。


「寒いねぇ。表、雪だよ、雪。取り敢えず、あったまるものでお任せ。」

「かしこまりました。」


寒い寒いと両手を擦り合わせるお客様の前に、温かいおしぼりを置いてからマスターは微笑む。僕の自慢のご主人様は、僕と同じ黒い髪の美人さんだ。マスター目当てにお店に通ってくるお客様もいるぐらい。
そんなマスターのお手伝いをするべく、僕は寒い寒いと呟くお客様の元へ。真っ赤で冷たい手の上に、のしっと座り込む。お腹、冷たいけど我慢。


「なんだぁ、クロ。温めてくれるのか?お前はいい子だなぁ、この美にゃんこ。」


うりうりと額を擦り付けてくるお客様。ちょっと煙草臭いのは我慢。マスターとは違う銘柄。手のひらでぽんぽんと頭を叩けば、お客様はデレーっとした締りの無い顔。


「クロ、ちょっと尻尾どけるね。お待たせしました。」


すっと立った厚いガラスのコップは、銀色の取ってが付いている。この時期になるとケースの奥からマスターが出してきて、分解して丁寧に洗う奴だ。普段は温かいものはガラスのコップに入れないけど、このコップは特別らしい。真っ白いフワフワした雪みたいなのが浮かんでる。


アイリッシュ・コーヒー?」

「コニャックのボトルが余ってましたので、ロイヤル・コーヒーに。」

「へぇー、ベースで名前変わるんだ。知らなかった。他には?」

「スコッチだとゲーリック・コーヒー。カルヴァドスだとノルマンディー・コーヒーになりますね。女性を口説く時にお使いのようでしたら、スコッチやカルヴァドスの説明を簡単に加えるとカッコイイですよ。」


クスクスと笑ったマスターに、お客様は照れ笑いを浮かべる。邪魔にならない内にそっと立ち上がって、いつもの場所へ。
そんな僕に気づいたマスターは、いい子と顎の下をくすぐってくれる。嬉しくて気持ちよくて、ついゴロゴロと喉を鳴らしてしまう。マスター、大好き。


「クロは、本当にマスターの事大好きだよねぇ。俺には触らせてくれないよ。」

「おや、先ほど手を温めてもらったのに?」

「あれは、サービス。こっちから手を出すと嫌そうな顔すんのよ。そこが可愛いけど。」

「酷い言われようですね。うちの看板息子。」

「マスターにそっくり。」

「それも、また酷いですねぇ。」


マスターにそっくりって言われちゃった。常連のお客様は、皆そう言ってマスターをからかう。マスターも受け流すけど。でも、僕はちょっと嬉しいんだよ。大好きなマスターとそっくりって言われるの。


「マスターこそ、眠り猫だよなぁ。店名に嘘偽りなしって。俺さぁ、初めてこの店入った時運命だと思った。」

「それはそれは、ありがたいお言葉ですけど女性に言ってあげてください、その台詞。」

「無理無理。言ったら、頭でも打ったの?だってぇ。ロマンが無いっつーか、女ってどうして現実的なのかね。」

「普段の行いが悪いんじゃありませんか?」

「酷いな。俺ほど尽くす男居ないよ?誕生日にクリスマス、バレンタインに付き合った記念日、一ヶ月記念日と三ヶ月記念日もやったな。それに、休みともなれば夜景の綺麗なホテルやバーでしょ?ディズニーランドにレストランで食事。ベタかなーとか思わなくもないけど、やっぱり喜ぶ顔みたいじゃん?」

「それは素敵じゃありませんか。」

「でしょでしょ?なのにさー、この前のレストランの方が高いだの、何とかってブランドのバッグは安いだの。値段でしか男を見れないってのかね。そのうち男は年収書いた看板首からぶら下げて歩くようになるよ。」


癒してーと伸びてきたお客様の手。それをくぐり抜けて無精ひげが見える首元へ体を擦りつける。まったく、仕方ないお客様。この人、この前もキャバクラ嬢?って人に騙されて散々貢いで捨てられたって呑んだくれたのに。学習しないのかな?可哀想だから、せめて癒せと言われて出来る事を。そのうちイイコトあるよ。大丈夫だよ。お客様、カッコイイもん。だから、元気出してね。


「やっぱり、俺はマスターがいい。ってことで、デートしようって、痛いよっ!クロちゃん、猫パンチは辞めて。」


前言撤回。僕の大事なマスターをそんな軽いノリで誘うなんて許さないよ。爪を出さないだけありがたいと思ってよね。油断も隙もない。本当なら爪を立てて思いっきり引っ掻いてやりたいけど。でもマスターに怒られるからやらないよ。
基本、僕はこの店の中で爪を出さないようにしてるんだもん。何かに傷でもつけたら、マスターが悲しむの知ってるから。


「寒い寒い寒い。あー、橋さんイイの呑んでんの。俺もー。」

「いらっしゃいませ。」

「マスター、表凄い雪よ?」

「おや、随分寒そうですね。すぐに暖かいのご用意しますね。」


続けて飛び込んできた二人組のお客様。そろそろお店も混み始める。いつも思うのは、何で僕は人間じゃないんだろうってこと。もしも人間だったら、マスターの隣でお手伝いが出来るのに。
でも、もしも僕が人間だったらマスターに拾われる事も無かっただろうし、このお店に居る事も無かっただろうな。そう思うと、猫なのも悪くない。


「クロ、元気かな?」


わしゃわしゃと頭を撫で回すお客様。答えるように尻尾を一振り。僕の言葉は人には通じないからね。それが時々モドカシイけど。でもそれでも、僕は猫で良かったんだろうなって。
そんな思いで、にゃーと一声鳴く。マスターは、わかってるよ。と言うように微笑む。その笑顔が、僕の宝物だよ。



僕は黒猫。赤い首輪と左右色の違う瞳を持った、世界で一番幸せな猫。
路地裏の小さなお店で、僕は今日もお客様を待つんだ。大好きな僕のご主人様と一緒に。













―言い訳タイム―

ども、古歌です。
いやぁ、春は名のみの風の寒さや。これ、なんだっけ?何か漫画で読んだフレーズな気がするけど思い出せない。が、ぴったりなので引用。春は何処へ行ったんだ?
昼間は暑いぐらいなのに、夜になると急に寒いのは反則だと思います。

この話、大分前に連載しよーかなーとか思って書いてた奴。フラッシュメモリの掃除したら出てきたので庫出しです。
これ、おおもとのネタは同人だったんだよなぁ・・・。
でも、こーゆー雰囲気好きなので、いいかなと思いつつ。
ちなみに、古歌さんはアイリッシュ・コーヒーにするならそのままブラック珈琲で飲むタイプです。
香りは好きだけど酒の味が好きじゃないんだよ。
お酒は好きだけど、そんなに飲めないし、ぶっちゃけ甘い酒じゃないと美味しいと思えない子供舌。
でも、きちんと作ってある日本酒やウィスキーは好きです。美味しいもの。変な酒臭さが無いしね。
やっぱり、美味しいものは美味しいよ。

変な話だけど、子供の頃の食事環境って大人になっても影響するもんですから。
子供に贅沢させるなといいますが、子供の頃からイイもの食べてる人ってのは大人になっても舌が肥えてると思う。
ま、大人になってからでも間に合うものあるけどね。


ってことで、書き捨て御免。らぶぅー。