日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

屋根の上、真夏の夜

僕は、ずーっと我慢をしていたのだろうか?


両親は共働きで、家は祖母ちゃんの代から花屋を経営していた。
とにかく忙しい両親は、僕に何でも一人でやることを言い聞かせた。三つ子の魂百まで。じゃないけど、自然とそんな両親の意向に沿うように生活するようになった。参観日とか、懇談会とか、一度も母親が姿を見せることはなかったし、運動会は決まって一人で教室で弁当を食べていた。
それが当たり前だから、それに何か疑問を持つことはなかった。


そんな僕も、中学三年生。この年になれば、母親が構ってくれなくて寂しいとか、そんな気持ちを抱くこともなくなった。むしろ、一人でいることが当たり前で、今更気に掛けられても困る。と言ったところだろうか。
高校は、可もなく不可もなく、家の近くで無理なく進学出来る学校を選んだ。毎日家に帰ってきてから、塾に行って勉強して眠る。それが、僕の一日。
退屈、平凡、でも友達はいるしクラスでの立ち位置も気に入ってるし、部活も楽しい。特に何の疑問も持たずに生きてきた。

そんな僕のお向かいの家は、ちょっと変わっている。僕が三歳の時に引っ越して来る前から、お向かいさんはそこに住んでいたらしい。
小さいときはご飯を食べに行ったりとかしてたけど、大きくなるにつれてそんな事も少なくなって、道で会ったら挨拶する程度の、所謂ご近所さんって奴。
お向かいのオバサンは、ちょっと煩いけど悪い人じゃないし、今でも会うたびにお菓子をくれたりジュースをくれたり、何かと気にかけて貰ってる。
その家には三人、子供がいた。もちろん、全員僕より年上。一番上のお兄さんは結婚して家を出て、一番下のお姉さんも、就職をきっかけに家を出たらしい。
そう、不思議なのは真ん中のお姉さん。僕とはちょうど一回り、離れてる。
確か、高校生までは目立たない真面目な人って印象だった。制服を崩したりすることもなく、どっちかって言えば苛められそうなタイプだなーって思ってた。
上のお兄さんや、一番下のお姉さんとは遊んだ記憶はあるけど、真ん中のお姉さんは、干渉しないで放置しておく感じだったし。僕を見てはいるけど、一緒に遊ぶわけじゃなくて、隣で本とか読んでる感じ。言えば遊んでくれたけど、積極的にって事はなかった。
そんなお姉さんが変わったのは、大学生になって、その学校を中退した時だった。
ある日、小さな鞄一つでふらっと出掛けて、そのまま三ヶ月くらい、姿を見なかった。
もちろん当時の僕には意味は解からずに、時々ウチの母親が、お向かいの娘さんは放蕩娘みたいね。って言うのを聞いてた。
それから、お姉さんは居たりいなかったり、してた。
向かいのオバサンは、時々ウチの母親と世間話のついでに、娘の現状とか言ってたけど。そんな会話を掻い摘んで聞いて、なんとなく理解したつもりでいた。
向かいの家に借金がるのを知ったのも、その時だった。漠然と、大変なんだ。と思った覚えがある。
でも、オバサンとお姉さんが一緒に出かけるのは、良く見ていた。気づいたら戻っているお姉さんは、オバサンと二人で出かけて沢山の買い物袋を持って戻ってくる。
その中には、僕の誕生日プレゼントが入ってたりしてた。
お姉さんは昔と違って、僕を見かけると少年。と呼びかけて来るようになった。
変な人だけど、踏み込まない姿勢を昔と変わってなかった。
なんだろう、昔みたいに冷たい感じは無くなったけど、酷く嘘臭く感じた。
でも、僕の生活には一切関係ないから、気にしたこともすぐに忘れた。



何時もと同じように、僕は塾から戻って勉強していた。
別に勉強しなくても入れる高校だけど、一応形だけでも受験勉強はしないと。クラスの中で浮くし、下手したら嫌な奴って思われかねないし。
英単語の書き取りをしつつ、傍らのパソコンで流行の音楽を流してた。これも好きじゃないけど、クラスの友達が貸してくれた奴、流行ってるし、知らないと仲間はずれにされるし。
ちなみに、僕の部屋からは向かいのお姉さんの部屋の窓が見える。
そこの電気が付いてると、あぁ戻ってるんだって思う。
ふと、ノートから顔を上げた瞬間、窓から出てくるお姉さんが居た。
屋根の上にバスタオルかな?を広げて、その上に座り込んで、片手に煙草。片手にビール。
上を見上げて、気持ちよさそうに煙を吐き出す。
僕が覚えてるお姉さんとはかけ離れた、でも何だか様になってる姿。
なんとなく、そのまま目が離せなくて見ていたら、ふいにコッチを向いたお姉さんと目が合った。
急に恥ずかしくなって、僕は咄嗟にノートに視線を落とした。
見てたことがばれて、その上見られた。
恥ずかしい。なんだか凄く、恥ずかしい。別に覗きをしてた訳じゃないし、むしろ屋根の上に夜中に出て、変なのはあの人なのに。なんで僕が悪いことした気分?むしろ、僕は勉強を邪魔されてないか?
結局その日はちっとも単語が頭に入ってこなくて、しかも次の日寝坊した。


学校で散々遅刻をからかわれて、おまけに部活で死ぬ程走らされて、さらにオマケに数学の宿題が沢山出た。数学そのものは、結構好きだけど、でも宿題が嬉しい訳ないし、勉強が楽しい訳でもないし。
取り敢えず塾に行こうと思ったら、向かいのお姉さんが洗濯物を干していた。
ちょっと気まずい。取り敢えずシカトしよっかなーと思ったら、お姉さんは何時もと同じように少年。と呼んで気をつけて行けよ。だってさ。ついでに、アイス貰った。自転車で坂を駆け下りる僕の後ろで、お姉さんが聞いた事のない歌を歌ってた。


塾から戻って、今日も勉強。
宿題の多さにヘキエキしてたら、またお姉さんが窓から出るのが見えた。
あの人、仕事とかしてるのかな。まさか、ニート?
今日は屋根の上で、また空を見上げてる。いったい何が見えるんだろう。
咥え煙草のまま、器用に肩に携帯挟んで片手に缶を持って、屋根の上って危なくないかな。よく落ちないよね。
なーんて思ってたら、また目が合った。ヤバイと思ったら、お姉さんは手を振ってる。えーっと、僕はどうすればいいんだろう。振り替えすのも間抜けだし、年上の人に手を振るのって馴れ馴れしくない?
僕が戸惑ってる内に、お姉さんは携帯を切ったのか部屋の中に放り込んでる。
そのまま見てたら、ノートかな?部屋の中から引っ張り出して、何をしてるんだろうって見てたら、何かを放り投げてきた。
綺麗に放物線を描いて投げられたのは、消しゴムに巻きつけられたメモ。器用って言うか、クラスの女子みたいだ。


−勉強?大変だね。


癖の強い、担任の先生と似てる文字。女の人って、もっと綺麗な字を書くものじゃないの?これ、男の人みたいだけど。
僕は同じメモの余白にそれを書く。消しゴムに巻きつけて、投げ返す。ちょっと外れたけど、無事に相手に届いた。
お姉さんは、メモを広げてちょっと笑ってから、違うノートを破ってまた投げてくる。それにしても、綺麗に投げる。


−失礼な奴だな。それは禁句だよ、少年。


うん、僕もそう思う。でも、やっぱり汚い字。
何を書こうかって思ったら、次のメモが目の前に転がり落ちた。


−受験生だっけ?大変だねー。遅くまで勉強乙


やっぱり、ニート?むしろ、ネット中毒?これ、そうだよね?
疑問を素直に書いたら怒られるかもって思ったけど、気になるから素直に書いた。今度は、綺麗に向うに届いた。
開いたメモを見て、爆笑してるし。
そんなやり取りを数回してたら、お姉さんはコイコイと手招きしてる。
いや、僕はそんなスキルないし。むしろ、こんな夜中にお向かいにいきなり訪問したら、僕確実に怒られるし。
渋ってる僕に気づいたのか、お姉さんは下。と指差す。
暗くて気づかなかったけど、屋根から隣の駐車場に向けて、梯子が掛けてある。本当に、この人なんだろう。
でも、ちょっとワクワクしてる。
何時もと違う事をするのって、こんなにワクワクするんだ。
クラスの中でちょっと不良っぽい奴らが、何時も夜遊びするとか自慢げに話してるけど、それもこんな気持ちなのかな。
僕は、そっと家から抜け出す。静まり返った家の中、両親は朝が早いからとっくに寝てるし。
お向かいさんの隣の駐車場から、梯子を登る。普通に一階からテレビの音とか聞こえてくるけど。オバサン、起きてるのかな?


「よ、少年。夜遊びか?」


笑うお姉さんは、相変わらず嘘臭い笑顔と明るさで声を掛けてくる。
僕はと言えば、勢いだけで登ってしまった屋根の上で、ちょっと後悔してる。
平気そうな顔してるから気づかなかったけど、こうやって登ってみると案外高い。そして、手すりがある訳じゃないし、結構体が斜めに傾く。


「怖いの?」


ムカつく。


「別に。・・・怖くないし。」


「そう。少年、飲む?」


差し出されたのは、缶のコーラ。てっきりビールかと思った。
すっかり温くなったコーラを貰って、何とか腰を落ち着ける。
慣れれば、結構気持ちいいかも。普段と違う視点で見下ろす自分の家とか、道路とか。



「ニート、なの?」


「お姉さん、が欠けてるけど。」


「・・・放蕩娘さんは、ニートですか?」



この人、なんかムカつく。から、意趣返し。



「まさか、仕事してるよ。」


「だって、毎日家にいませんか?」


「大人の事情だよ。少年は、受験勉強?大変だねー。」


「別に。勉強しなくても受かる所受けるし。勉強も、浮かない為にやってるだけだし。」


「子供の事情だ。」


「・・・子供だって、馬鹿にしないでもらえますか。」


「馬鹿にしてないし。本当に子供の事情じゃん?大事だよね、浮かないってさ。大変だねぇ、少年もさ。」



かちってライターの音がして、煙草の煙が流れてくる。
銀色のジッポは、凄くカッコ良く見えた。不良連中がこれ見よがしに持ってるのと違って、本当に使い慣れてるんだなーって感じで。



「吸う?」


「はい?」


「見てるから、吸いたいのかと思って。」



はいって渡された煙草。吸ったことないけど、ジッポの火も一緒に差し出されて、咥えて火の中に煙草の先を突っ込んで離した。


「あれ?」


「少年、煙草は火に突っ込んでも燃えるだけだよ。」



面白そうに笑うお姉さんは、浅く吸い込みなって、自分が吸ってた煙草を差し出さしてくる。
断るのも癪だし、ちょっと興味もあったから少しだけ吸い込んだ。家では誰も吸わない煙草。
そのスーっとした感触とは裏腹に、吸い込もうとしたら喉に違和感と咳き込みそうになって、慌てて吐き出した煙。
細い糸を束ねたみたいな煙が、薄く口から出て行った。
鼻の奥に匂いだけ残って、漫画みたいに酷く咽るなんて無かった。



「意外と、平気かも。」


「それは、吸うんじゃなくて拭かすって言うの。平気に決まってるでしょ。」


「は?」


「肺の置くまで入れてないし、あれで咽てる奴がいるなら見てみたいっての。」


笑って告げたお姉さんは、僕から取り上げた煙草を深く吸い込んで細く煙を吐き出す。人の顔に向かって。



「ちょ、煙草臭いし。」


「少年には、まだ早いね。」


また笑って、今度は空に向かって吐き出す煙。暗い空に向かった煙は、すぐに風にかき消されて行く。



「星空に向かって吸うのが、一番美味しいんだよね。」


「星とか、見えませんけど。」


「心の目で見るんだよ。脳内補完。」


「見えません。」


この人、意味解からないし。何が面白いのか笑うし。
もう戻ろうと思ったら、後頭部にパシっと叩きつけられる何か。つか、危ないし。僕が落ちたらどうする気だろう、この人。


「あげる。」


ヒラヒラと手を振って、子供は早く寝ろと告げたお姉さんは、また新しい煙草を咥える。
叩きつけられた何かをポケットに入れて、梯子を降りた。
部屋に戻って確認したら、封が開いた吸いかけの煙草の箱。
本当に、意味が解からないし。
窓から覗いたら、お姉さんは早く寝ろって言うみたいに手を振っていた。



次の日から、部屋の明かりが消えた。
朝早くに、また出掛けたみたいだった。
それとなくオバサンに聞いてみたら、仕事に行ったらしかった。
バイト代の高い住み込みのリゾートバイトをしながら借金を返してると知ったのは、それから少ししてからだった。
僕が住む街は、仕事が少ない。仕事があっても、給料が安い。大学を中退したのも、お金がないかららしかった。
折角大学に入って奨学金も貰ってたのに、下のお姉さんの進学の為に辞めたらしかった。
ニート、とか言って悪かったな。そう思った。



僕は、何時もと同じ生活を続ける。
学校に行って、塾に行って、受験勉強をする。ちょっとだけ、真面目に勉強するようになった。
あの日、数回やりとりしたメモの中、歴史の勉強が好きだと言ったお姉さん。
大学を辞めてしまったけど、趣味として勉強してるとも言ってた。
オバサンに聞いたら、バイトもそれ関係の所を選んでるらしい。郷土史?って言えばいいのかな。
別に、お姉さんみたいな生活をしたいとは思わないけど。
でも、ちょっとだけ憧れるんだよね。不自由だけど、自由な人って感じでさ。



引き出しの奥に突っ込んだ、煙草の箱を取り出す。
向かいの窓は、今日も暗いまま。
もしも、次に戻ってきたら聞いてみようと思う。
お姉さんが、どうしてそんな生き方を選んだのか。







−反省会−

ごめんなちゃい。
憧れのお姉さんと思春期ボーイが書きたかっただけです。
ちなみに、お兄さんと迷いましたけど、ここは敢えてのお姉さんです。
お風呂入ってたら漠然と浮かんだ設定。つか、なんだこれ。
いいですよねー、憧れのお姉さんとか。
全然関係ないけど、これ書きながらずーっとRADWIMPSをリピートしてます。なんとなく、本当になんとなくだけど、RADって思春期の子供って感じがしませんか?しませんね、はい。