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日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

満開の桜の下で、ただ君を思う。

李歐が帰ってきたのは、四月の半ばだった。
春になり再び耕作地での仕事が出来るようになり、大地に刃を突き立て土を起こしていると、単車が走り村への帰還を呼びかけては走り去る。


「ヘイ!」
「やぁ。」


なんて間抜けた再会だと、頭の片隅で思ったけれど、それもどうでもいいような気がした。
李歐が戻ってきた。それだけが、一彰の頭を占める大部分だった。
笹倉が亡くなり、その遺体を荼毘に臥して、それから、互いにただ心臓の音を聞いて眠った。
耕太は驚くべき速さで李歐に馴染み、その存在を許容した。そんな所は、自分と良く似ていると一彰は将来息子がどんな大人になるのか不安にも似た気持ちを抱くが、それもどうでもいい。と最後には考えを放棄する自分がいる。
父親が二人いる。それも、一人は飛び切りの美人でギャングで株主で金儲けが上手いとくる。殺し屋であったり中国の猫であったりCIAに追いかけられる身であったりと、身辺華やかな友人と比べ、一彰は凡庸な己の身辺を思い起こす。



今年も、櫻花屯には満開の桜が咲き誇る。
耕作の手を止めて、その夢と見間違う景色に魅せられたら最後、一彰は動く事が出来なくなる。
桜のあのピンクの花が頭の中でパッと飛び散り、様々な衝動が身体の中で渦巻いては小さくなり、さらには過去に出会った様々な人が、それは母親の影であり敦子との情事であり、房子との戯れや、田丸のゴム面のような顔や、守山の最期、咲子と過ごした結婚生活の日々だっりと、取り留めない、それでいて無視できない重さを持った記憶が流れていく。
時にはそこに、アイルランド人の司祭が加わり、また笹倉の顔や黄の陽気な声や、原口の拳銃の話が差し込まれる。
それらはまるで、一彰を成す物質の様に脳裏に張り付いてははがれることがない。
守山工場の桜はまだあるのだろうか、幼い時に見た動物園の麒麟はまだ生きているのか、あの小さな教会はどうなったのか。
思い出すのは、いつだってこのピンクの花のせいなのだ。
一彰にとって、桜の花はそのまま自分の記憶に繋がる。そのくせ、そのピンクの花がパッと頭の中で弾けたら最期、思い出は霞の彼方に消えて行き、決まって残るのは22歳の自分が感じていた大陸の熱だけだ。
そして、闇夜の中で踊る生白い腕やヘイっ!自分に掛けられた陽気な声。
あぁ、あの時男に出会っていなければ、自分は平凡な人生を送っていたのかもしれない。少なくとも、この櫻花屯には居なかっただろう。
もしかしたら、咲子が死ぬ事もなかっただろうし、耕太が生まれる事もなかったかもしれない。守山工場に足を運ぶこともなければ、あのまま思い出の一部として忘れていき、やがては霞の彼方へと沈んでいったのかもしれない。
後悔は一つもないが、それも全部曖昧だ。

所詮自分は、実感がないのだ。


一彰に残るのは、李歐がもたらす熱気や夢、心臓に残る時間。




「ヘイっ!一彰!」




桜の下で、一彰は思う。
結局、自分はこの男が好きなのだと。この男がもたらす全てが、好きなのだと。
惚れてるか?と何時か田丸に聞かれた自分は、苦笑い一つで返事をしなかった。
今なら、きっと自分は田丸の問いにそうだ。と答えるだろう。
惚れているのだ、この男に、李歐に。



「アンタは、桜が咲くとそればかりだ。」



一際花が広がる五月の陽気の中で、李歐は笑う。
一彰も、笑う。
満開の桜の木下で、ただ笑うのだ。
長い時間を待って、その中には様々な人が過ぎては消えて行き。
自分の選んだ人生だ。一彰は後悔などしていない。知らなければ良かったと思うことはあるけれど、それはそれ。
今の幸福感とは引き換えに出来ないほどに、大きな思い。



「この下で、俺はアンタを思うのが好きなんだ。」




それは、大地がピンクの洪水に埋まる季節のあるヒトコマ。







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やりやがった古歌さんです。
はい、やりやがりました。春になると必ず読まずにいられない李歐ですが、ついに自給自足に出ましたよ、この子。
高村作品の中では、多分一番好きなんだろう、李歐は。うん、後悔はしてない。つかしない。
いつか李歐の話を書きたいと思い、急に思いついたネタを何とか悩んで文章に起こしました。ちなみに、これ一日掛けてのクオリティーです。己の文才の無さと表現力の無さには、泣きたくなります。
難しいぜー・・・雰囲気だけでも読み取っていただければ幸いです。いいじゃん、雰囲気小説いいじゃん。
だって、難しいんだもんよー。李歐よりも、一彰さんを書くほうが難しいのに、まさかの一彰さん独白調となりました。
いや、彼は多分李歐って人間に惚れてるんだと思うのね。男女の惚れたじゃなくて、一人の人間として李歐に惚れてるんだと思いたい。
だからかな、この二人のベッドシーンとかって浮かびません。(何言ってるのこの子)ほら、妄想でもそんなシーン出てこないのよ。不思議と、この二人はどっちが受けとか、そんな考えは浮かびません。(それが正常です。)でも、絶対にこの二人はお互いに惚れてると思う。
毎年、この季節には必ず読み直す李歐。我が手に拳銃を。も読みたいのですが、生憎古歌の本棚には無いんだなぁ。
今度ブックオフに行ったら探したいと思います。
またチャレンジした、この二人。耕太くんが大きくなった話とか書いてみたいですね。
耕太君から見た二人の父親像とか書けたら楽しいかもしれない。