日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

悔しさを身のうちに笑ってみせましょうか。

腕に舞い踊る黒い蝶の羽根。
例えこの身に羽根を刻もうとも、何処にも飛び立てない。
もちろん、そんなこと知っている。それでも、望まずにはいられない。何処かへ行きたい。何処か遠くへ。ここではない何処かへ。
何処へ行きたいのか、そんなの解らない。
それでも、この狭い世界では心が壊れてしまうと思った。



窓の外、流れる白い雲と青い空。その美しい景色に、カオルは煙を吐き出す。歪んで霞む視界。そう、これこそが世界に相応しいだろうと笑う。
煙草の煙を吐き出して、己を笑う。
刻んだ蝶は羽ばたく。誰かに身体の支配権を売り渡して、蝶は羽ばたく。美しい生き物のはずなのに。

遠い目をして窓の外を眺めるカオルを、ハヅキは飽きずに見つめ続ける。
また、この美しい隣人は何かに囚われている。このクソみたいな世界で生きるには、カオルは美しすぎるのだ。その外見も、中身も。
いきなり腕に蝶を刻んだカオル。自分の身体を傷つける事を嫌うカオルにしては珍しい行為で、驚いた。それでも、黒い蝶はカオルに良く似合った。綺麗なカオルと綺麗な蝶は、まるで同じものみたいに、一つの身体で呼吸をしている。


「なぁ。」
「んー?」
「汚いな。」


ぶかぶかの黒いニットパーカー。カオルが好んで着ている何時もの格好。袖から伸びる腕は、驚くほどに細くて、はっとする白さ。


「まぁ、綺麗な世界じゃないよね。」
「あぁ。」


何時もなら、ハヅキの新世界講義が始まるけど、今日ばかりは静かに同意を返す。きっと、今のカオルは返事を求めていない。欲しいのは、無条件の同意と音の反応だけ。
笑顔を浮かべるカオルは、綺麗だ。
その笑顔を見つめて笑顔を浮かべるハヅキだって、綺麗な顔をしている。
中身も外見も、この二人は美しい。
だからこそ、この世界で生きている。


「悔しい?」


浮かぶ青黒い痣。カオルの細い身体にあるその異形の色は、痛々しい悲しさを掻き立てる。


「悔しい・・・と、思える。」


浮かぶ赤い指の痕。ハヅキの手首に浮かぶそれは、まるで首輪か所有印。


「うん。悔しいよね。」
「あぁ。悔しいな。」


弱いモノは搾取されて、強いモノが搾取する。シンプルで解りやすい、簡単な世界の仕組み。それに素直に同意できる強さと、それに素直に同意する弱さ。


「でも、泣いたら負けな。」
「だから、泣いたら負けでしょう。」


笑う二人に、涙はない。
こんなことで泣かない。こんなことに流す涙は生憎持ち合わせていないのだ。


「でも、泣きたい時は?」
「笑え。」
「笑うさ。知ってた?笑うってね、一番醜い顔なんだよ。」


笑う。笑え。笑って見せる。笑って見せよう。笑う。笑うんだ。


「「悔しさを隠して、笑え。」」


それが、世界を生きる術ならば。例えどんなに醜い姿だろうと、浮かべてやろうじゃないか。