日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

Tatoo

「Tatooを彫りたいの。」
「はぁ?んなもん、どーすんのよ。」
「・・・目印。」

暗い夜道、小さな総合病院。その名の通り、なんでもしてくれる病院。マトモな病院に行けない人間や、行ってはいけない怪我人。銃弾の摘出とか、アルコール中毒とか、薬物の禁断症状とか、そんな屑って言われるような患者ばかりが集まる待合室。
そんな病院の一室で、新しい生き物を貰った。
左腕へ。一面覆った黒は、本当に、とても、とても、綺麗だった。



この街は何処かが狂ってる。
外からも、内からも、様々な物を抱え込む。入ってくる全てを拒まない。
どんなものでも、貪欲に喰らい納めるバケモノ。
そんな街が、大好きで大嫌いだった。
胸に下げた十字架の意味すら解らなくなる、意味のない物。
ただ、金属が肌に触れる感触に安心した。
この街で産まれて、この街で死んでいく。
他のどこかへ行く切符なんか、初めから持ってなかった。


カオル、何時の間にか馴染んだ名前。呼ばれるたびに違和感を覚えた名前も、ただの記号で固体識別ナンバーと大差ないと思えるようになった。不思議と、呼ばれ続ければソノモノになってしまえる。馴染んだ。
「夜は、冷え込むよね。」
別の店に勤める女は、剥き出しになった肩を摩りながら店の中に消える。ピンクや赤や紫の、キツイばかりで下品で解り易い電飾。安っぽい化粧品の匂い、鼻をつくのは女の香水。
油と泥と、腐った水の匂いが混ざって出来上がるのは、夜の空気と匂い。場末の汚いけど何処か安寧とした路地裏に相応しい。
カオルは、咥えた煙草を口端に移動させて、そのまま唇を舐める。ピンク色した舌が卑猥に唾液を塗りつける。そのまま微笑んで、上手いよって唇だけを動かす。
食べる物がなくても、客が寄り付かなくても、これさえあれば生きていける。狂った街でささやかな精神の安定を手助けする甘い毒。緩やかに身体を侵して浸らせる危険な味。
男のクセに、色を売ることを生業にして早幾年。十を越えてからは数えるのを止めてしまった。男でも、女でも、自分を欲しがる人間に身体を捧げる。いや、捧げるなんて美しい表現では当てはまらない、投げ出す。
紫かかった黒い髪と、中世的な顔。真っ白な肌は雪と同じ色で、太陽と間逆の生活を良く表してくれる。
「おっ、美人さん。」
足元に擦り寄る黒い子猫。カオルの瞳に、一瞬だけ浮かんだ優しい色。
「ねぇ、一晩いくら?」
「一晩?一回の間違いだろ、お兄さん。」
巻きつけた腕は、細い。そんなカオルの身体を舐めるように見つめる男。その瞳に浮かぶ欲望の色を内心でせせら笑って、二人は連れ立って悪趣味な看板の中に吸い込まれていく。残された煙だけが、幻みたいに立ち込めていた。



仕事に使ってる悪趣味な部屋を抜け出して、カオルは自分の巣へと戻る。入組んだ配水管と、それ以上に入組んだ通路とも呼べない道。ダンボールだのチラシだのが山積みにされた隙間を縫うように歩くカオルは、真っ直ぐに向かった扉を蹴り上げて、真っ直ぐにバスルームを目指す。
靴を脱ぎ捨て、纏った服を一枚一枚放り出して、熱いシャワーの下へ。体中を嘗め回されて、しつこく何度も中に出された。男のケツの穴を覗いて何が楽しいのか、未だにカオルには理解出来ない。あれで興奮出来るとは、人間とは不思議な生き物だ。穴があったら突っ込みたいって気持ちは、まぁ理解できる。だが、人のケツの穴を広げて綺麗だ素敵だと愛を囁く感性は理解出来ない。
何度も、何度も、白い肌が真っ赤になるまでタオルを擦り付けて全身を洗う。それから、バスタブにタップリと新しい湯を張る。その間は再び身体の消毒。
痛みを覚えるぐらいに磨いて擦った体を、綺麗な湯の中に沈める。
手を伸ばして、くしゃくしゃになった煙草の箱を引っ張り出す。
「かーおーるー、まーたやってる。」
「なんの用よ、変態。」
顔を出した青髪の青年は、勝手知ったるとばかりに浴室に入り込んで、ついでに窓を開ける。それから、服が濡れるのも構わずにバスタブの淵に腰を下ろす。
「ねー、カオル。」
「なによ。っつか、寒いわボケ。」
「いや、全身お湯の中で言われても説得力ないわ〜。」
たっぷりの湯の中に沈みこんだカオルは、それもそうかと思い立って、煙草の灰を落とす。
目の前で笑う青年は、同じ居住区に住まう。上だか下だかともかく近くに住んでいて、何かと顔を出してはカオルにちょっかいを掛けていく。付き合うには聊か面倒だが、基本悪いやつではない。・・・と、思われる。
「この仕事、辞めなぁい?」
「お前は、俺に死ねっちゅーんか。」
「だから、もう少しマトモな仕事したら?」
マトモな仕事。その言葉を鼻で笑って煙を吐き出したカオル。そんなカオルの姿に、青年は笑みを浮かべる。毎回仕事が終わる度に真っ赤になるまで全身を洗ってなお消毒するカオルを、青年は知っている。それでも辞めないでしつこく色を売り続けるカオルは、多分異常だ。この街に住まう大半のものが、異常なのだ。
「俺の仕事とかさぁ、少しはマトモじゃん?」
「人殺しに興味ないわ、ボケハヅキ。お前と一緒にすんなよ、変態。」
「人殺しじゃないよ、人命救助。」
ハヅキは、微笑んで告げる。女性と見間違えられる程に美しいハヅキだが、その外見に反して一流の殺し屋だ。
功徳だよ。肉体から解放される魂こそが、新世界にたどり着ける。」
「はっ、くっだらな。アホか。」
一言で切り捨てて、カオルはようやく湯の中から身体を引き上げる。ふやけた指先を気にしながら、タオルで水分をふき取っていく。
「ねぇ、カオルは思わない?この世界とさよならして、新しい世界に行きたいってさ。」
艶を含んだハヅキの声は、殺しモードに入った証だ。カオルは、そんなハヅキを横目で眺めてせせら笑う。新しく咥えた煙草に火を付けて、ジーパンに足を突っ込む。
世界とさようなら。それは、この街を出て新しい似た様な何処かへ移動して似たような新しい生活を始めることか。それとも、抜け出せないゴミタメに絶望して命を絶つことか。どちらも単純でクダラナイと、カオルは嘲笑う。
「さよならは、しねーな。」
「そう。でも、何かを望んでるでしょ?」
その証が、それでしょうとハヅキが示した先。カオルの左腕に踊る蝶の群れ。黒い羽を広げて舞踊る黒い揚羽の群れ。
「そりゃ、人間欲望は尽きないしな。」
「ふーん・・・じゃ、俺に殺されてみる?」
「意味わかんねーし。俺、気にいってるからさ。」
このクソみたいに汚い場末の街も、その街で色を売って生きることも。うっとうしいけど面白い隣人も。全てが、カオルのお気に入りだ。
「あっそ。そーですか、俺フラレタ訳ね。」
かわされた事は解ったけど、カオルの答えにハヅキは微笑む。
そんなカオルとハヅキは、お互いがお気に入りで大好きだから。