日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

明日へのレッスン

本日のご飯は炊き込みご飯。安売りのロシア産だかの鮭が安かったので、鮭の炊き込みご飯決定。それから、これまた安売りで貧乏の味方であるモヤシ。モヤシとキャベツの野菜炒め。もちろん、肉など入りませんけど何か?
それから、切り詰めた食費の中で唯一の贅沢であるちょっとお高い卵。有精卵の高いやつだけど、これが一番美味いって思った卵で中華風の掻き玉スープ。本日のご飯は決定されました。
仕事終わって帰って来てから、ラジオをBGMに黙々と調理開始。一人暮らしの気安さは何者にも変えがたいと思ってもう何年経つのか。15で家を出てからずっと一人で暮らしてきたのは、家賃が安いだけが取り得のオンボロ木造アパート。年季の入った外階段は、今にも崩壊しそうだ。
狭い台所でちゃっちゃか調理を終わらせて、箸を咥えて皿を食卓に運ぶ。テレビは生憎好きじゃないので、ラジオのまま一人の食事。寂しいなんて感情はとっくの昔に捨て去った。寂しさなんてのは、慣れてしまえばただの感傷に過ぎない。
相変わらず、その辺の熟練主婦より美味い自分の料理の腕に感動しながら、食事を終える。行儀悪いのは承知だけど、食器もそのままに横になって煙草を一本。あがる灰色の煙に目を細めつつ、ラジオからは気になるニュース。
俺の住んでる界隈で起こった連続殺人。殺された人間に共通点はないが、凶器は総て鋭利な刃物で心臓を一突き。狂いのない致命傷から、犯人は医学関係者かそれに近い者と推測されている。
が、生憎その推測は意味を成さない。この世の中、ちょっとした知恵があれば素人でも玄人裸足の知識を身に付ける事が出来る。かく言う俺だって、人間の心臓の位置は知ってるし。まぁそれを一回で正確に突き刺すなんてのは、素人には不可能なのかもしれない。
ふわりふわりと上がっていく煙にそんな思考遊びをしながら、俺は自分の使った食器を洗って、新に一人分の食事を用意する。
多分、今日当たり来るような気がするんだよな。だって、前回からきっちり三日経ったし。


「腹減った・・・。」
「窓は入り口じゃねーって、何回言えば理解するんだよ。」


アパートの二階にある俺の部屋、その窓から侵入してきたのは、全身を真っ赤に染めた物騒な馬鹿猫。


「あー、そのまま上がるな。ほら、新聞の上で服を脱げ。」
「なに、抱かれたいの?」
「畳に血が付くと掃除が大変なんだよ。血塗れで動くなら外に叩き出すからな。」


存在が不埒な男は不埒極まりない台詞を宣まってくれるけど、きっちり叩き落す。渋々脱いだ真っ赤な服を洗濯機に放り込んで、ついでに返り血に塗れる馬鹿猫も浴室に放り込んだ。
野菜炒めをレンジで温めてから、ご飯をよそってスープも温めなおす。
烏の行水で出てきた男にタオルを投げつけてから、皿をテーブルに運ぶ。


「えー、肉は?」
「乏しい財布にそんなもの買う余裕はない。嫌なら食うな。」


下げようとしたら、慌てて食べますって引き止めてくる。神妙な顔で両手を合わせて挨拶してから、後はひたすらに食べ物を口に詰め込んでいく。ありがたみもクソも無い食べ方だけど、なぜかコイツがやると様になるから腹が立つ。煙草に火をつけて苛立ちを紛らわそうとしたら、非難の視線。


「何か文句でも?」
「煙い。それに、煙草の味は好きじゃない。」
「吸うのは、俺。」
「だって、煙草味の口移しって嫌だし、お前キス好きだからキスしないと機嫌・・・。」
「死ね。」


誰がキス好きだっての。腹立ったから、眉を顰める馬鹿猫にわざと煙草の煙を吹き掛けた。煙草は俺のレイゾンデートルなもんでね。これが無いと死ぬんだよ。禁煙なんざクソ食らえ。たとえ煙草が一箱千円になろうとも俺は量を減らす気も、ましてや禁煙する気もこれぽっちもないんだよ。


「ご馳走様でした。」
「お粗末さん。食器は流しの中に入れておいてな。」


ラジオから流れるくだらない騒ぎにも嫌気が差して、俺はラジオも止める。何か音楽でも流そうかと思ったけど、生憎ピッタリな曲が浮かばない。仕方ない。こんな時は無音でいるのがましだ。
食後の珈琲をペーパードリップ。珈琲豆はブルマンのイイ奴買ってる。嗜好品に金を掛けるのは、最早俺の趣味かもしれない。その代わり、普段の食事はぎりぎりまで抑える。もしくは抜く。もとからそんなに食べるほうでもないしな。


「あー、イイ匂い。」
「座ってろ。デカイ図体で動くな。」


冷蔵庫の中から取り出したのは真っ白い箱。会社の女の子が美味しいって言ってたケーキ屋。丁度通り道だしで買ってきてみた。王道の三角ショートとクラシックオペラ。


「ケーキ。」
「てめぇの分は無い。」


二つあるのは、どっちも俺が食べたかったからで。この馬鹿猫が来るから二つ買った訳じゃない。むしろただで飯食わせただけ感謝してもらいたいね。


「半分。」
「嫌だ。」
「お願い。」
「い・や・だ。」


無粋なセロファンを剥がしたら、卵色したスポンジが見える。ふわふわしたスポンジと甘さ控えめのクリーム。そして、スポンジにこれでもかと染み込んだ甘いシロップ。大粒の苺がスポンジに間にふんだんに挟まれていて、ケーキの調和を乱さない程度にアピールしてくる。文句なしに美味い絶品ケーキだ。何より嬉しいのは、そのサイズ。大きくもなく小さくも無い。丁度いいサイズだ。


「美味い・・・。」
「卑猥・・・。」
「誰が?何処が?何が?頭の病院行って入院して一生閉鎖病棟から出てくるな。」


馬鹿猫の馬鹿な台詞に律儀に突っ込む俺は、もしかしなくても馬鹿なのか?
まぁ、いい。気を取り直して、お次はオペラ。美しく重なったチョコレートの層。こげ茶のスポンジやら薄茶色のムースやらが、俺の心を擽ってくれる。頂点で輝く繊細なチョコレートのリボンは俺の心を鷲掴みにして離さない。
そっとフォークを突き立てれば、滑らかに上から刺さっていく感触。一番最初に舌に感じる少し苦味のあるビターチョコ。それから、その味を掻き消さない程度にチョコムースの甘い感覚。最後に残るミルクチョコレートのクリームが優しく後味をフォローしていく。あまりの完璧なバランスに、ちょっと近年まれに見る感動を覚えました。


「あぁ・・・。」
「エロい。」
「黙れ。」


馬鹿猫の脳天にフォーク突き刺すか、それかこの馬鹿の持ってるナイフで同じように心臓一突きにして抉ってやろうか?



「なぁ、俺の服乾くまでどれくらい?」
「さぁな。」
「・・・俺もさ、飯以外に満たしていい?嗜好品。」


何がって聞く前に押し倒された。そんでもって、圧し掛かられた。さすが、毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩・・・以下永久循環。人間を過去形にしているだけあって、ポイントで押さえ込まれたら振り払えないし逃げられない。
首筋から額へ、目蓋から鼻筋を通って唇に。体温の低い唇の感触は、肌の上を滑っていく。


「いただきます。」


至近距離で神妙な顔で挨拶。それから塞がれた唇。言葉だけじゃなくて、呼吸まで奪っていくキス。



「明日への、レッスン。」


巫戯気た台詞を言った馬鹿猫の頭をぶん殴ってから、俺は体の所有権を放棄した。