日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

雨の中で一人踊る

駐車場のライト。真っ白なライトの中、たった一人雨に濡れて踊る人。


仕事の帰り、雨の日はあまり電車に乗りたくないけど乗らないと帰れない。仕方ない、これも社会人の幾多の試練。丁度きた電車に乗り込む。
極力触れないように気をつける。なんだか、雨の日の電車は湿気っぽい。触れた箇所から何か得体の知れないぬめっとした化け物でも生まれそうで嫌だ。
誰だって、気持ち悪いものは拒否するでしょ?
窓の外は真っ暗で何も見れない。普段も曇っていて決して視界良好とは言えないけれど、今日は酷すぎる。無意味な残業と無意味な仕事を繰り返して、ようやく帰宅。最後がこの電車ってのは、俺に対する何か神様的なものからの嫌がらせなんだろうか。仕事場の近くに引っ越したいけど、家賃の高さで手が出ない。ルームシェア?誰が他人なんかと暮らすかっての。
たった二駅を何とか乗り切って、人並みに押し出されて電車を降りる。
人気のない北口改札を抜けてようやく一息。鞄のそこで潰れている煙草を引きずり出して咥えて、安いビニール傘を開く。ぼろぼろの傘はその辺のコンビニからパクってきたヤツで、なんだかんだで長い付き合い。小さいし錆びてるしボロイけど、俺に似て憎めないヤツなんだよ。
ぼんやりとしたオレンジの街灯を横目で眺めつつガードを潜って、その先はほとんど明かりは望めない。
ただ一つだけ、コインパーキングのライトだけ。
生温いオレンジとは違って、全てを明るく照らし出す真っ白なライトが一つだけあって、五台ぐらいしか駐車できない小さなパーキングだ。



「はぁ?」



俺の口から間抜けな音と煙が吐き出される。
ヘッドフォンのおかげで、その間抜けな音は俺に聞こえないけどね。




一台も車が止まってないなんて軌跡みたいな駐車場の中、雨でけぶる光をスポットライトにして踊る男が一人。
いや、小雨じゃねーよ?めっさ雨降ってるのよ?がんがん降り過ぎて俺のジーンズびっしゃびしゃよ?肌に張り付いて不快感マックスで冷たいよ?
そんな雨の中、跳んでしゃがんで跳ねて回って、男は一心不乱に踊っている。
スキニージーンズに質素な白いシャツ。その胸元で一緒に踊るシルバークロス。



「なにもの?」



これ、警察とか呼んどくべき?いや、面倒なのはゴメンだ。明日も普通に仕事だし、朝は早いし。下手に警察呼んで面倒なことになっても困る。
あぁ、でも楽しそうだな。
それに、綺麗だ。いや、男に送る形容詞じゃないのは知ってるし解ってるけど、綺麗なモンは綺麗なんだ。
ただの駐車場、いつもなら視線の一つも投げかけずに素通りする様な駐車場なんだけど、降りしきる雨と真っ白な光がまるで舞台。どこか現実感のない光景。まさか、幽霊とか?でも、足あるよな?




「うわっちぃ!!」



油断した。見惚れてたせいで煙草はフィルターまで燃え尽きた。勿体無い。煙草だって安くないのに。ただでさえヘビースモーカーなのに。
もう一本咥えて、今度はちゃんと肺の奥まで煙を入れる。ニコチンに侵されてぼんやりとする脳味噌の中、目の前の光景が現実だか夢だか曖昧になる。
あぁ、綺麗だな。なんか、映画のワンシーンみたいだ。
現実と虚構の曖昧な境界線の上を踊る男に見惚れる俺も男だけどね。



終わりは唐突。最後に一つ高く跳んで、男はコンクリートに沈み込む。
ぱちぱちと、俺の虚しい拍手が響く。ヘッドフォンはとっくに毟り取った。邪魔だったし。ありゃ雑音対策だからな。
ついでに、鞄はフェンスに引っ掛けて傘を差してある。どーせ俺も濡れてたんだ、今更全身濡れようが問題ない。ただ、俺もこの男と同じ目線になってみたかったんだ。
クソ寒い真冬の雨は容赦なく体温を奪っていくけど、先ほどまで感じてた雨の日の不快感は綺麗さっぱり消えていた。



「・・・暇人。」



切れた息の中、男の一言が耳に飛び込んで笑ってしまった。