日々妄想を逍遥

ダイアリーから移築。中身は変わらずに色々と、あることないこと書き込んでます。

襲名したくないけど

いい加減慣れないといけない。
黒くて動きにくいだけのスーツも、胸元に光る権力の証も。
そして、足元に傅く大勢の人間にも。


執務室の机は黒い木目。国産最高級の木材を使用してるとかで、お宝鑑定団に担いで持っていけばいいのに。


「雪都さま、こちら新規企画と現在進行中の仕事内容を纏めてあります。ご一読後にサインを。」
「その辺に積んでください。」


紙、紙、紙。そこかしこに山と詰まれた書類を眺めて、ため息も吐き出し尽くしてしまった。


「飽きた・・・。」


前線でドンパチやって妖怪退治をやってるほうが、性に合う。机に張り付いて、何時終わるとも知れない書類の山を退治するのは趣味じゃない。
それに、雪都様なんて呼ばれると大笑いしそうになる。十二代目と呼ばれても、自分の事だと気付けない。
むしろ、異端の姫だの鬼子だの化け物だの、そうやって呼ばれるほうが反応できる。本家の連中は、どうしてこうも馬鹿なんだろう。


「雪都様、追加です。」
「・・・置いといてください。」


これで、書類の山は五つ目。この全てに目を通して中身を確認してサインをしていく。考えただけで眩暈を覚えそうだ。
今だって、目の前の書類に呆れているのに。
根本的に、本家と一期では考え方が違い過ぎるのだ。古い習慣やしがらみに縛られて、何かをする為に幾重にも許可と承認が必要となる。そんな古いシステムはいらない。形ばかりがご大層で中身が伴わない。
己の頭で考えて行動して責任を持てる、そんな動ける人間があまりにも少なすぎる。一期メンバーそれぞれが飛び回っている中、雪都も結構必死で本家の内部改革に努めているのに。


「みんな、元気かな。」


机の上、百円均一で買ってきた写真立ての中。
狭いフレームの中で目一杯に顔を寄せて笑う一期メンバー。
中心には雪都が笑っていて、匡と窈が隣に。背後で中指立てるのは朔と龍二の二人。それから、路と遥が苦笑しつつも一緒に写ってくれている。この写真は宝物だ。
一期として仕事して遊んでいた時は、写真なんて撮ろうとも思わなかった。そんなにマメな人間もいなかったし、この瞬間がずっと続いて、そんな時間が無くなるなんて考えなかったから。



「ちょっと、勿体なかったかもね。」


笑顔で転げまわって、何もかもが楽しくて。殺し合いをしたりちょっと本気で喧嘩をしたり、硝煙と血と火薬の匂いに混じって、煙草や香水の匂い。それから、みんなで食べた料理の思い出やラーメン。
夏は花火を楽しんで、秋は紅葉狩りに出掛けて、冬はクリスマスにお正月。春は記念に桜を見に行って、死体が埋まってるぞって根元を掘り返したり。
巫戯気てばかりだったけど、いざとなったら背中を預けて戦える。守って守られて、笑って笑われて。



「懐かしい・・・かな。」


気紛れに撮った写真を見つめて感慨に耽るなんて、もしかしなくても疲れてるかもしれない。雪都は苦笑して再びペンを握り締める。
待つのは性に合わない。机に齧りついて身動き出来ないなんて、雪都には似合わない。


「この山終わらして、迎えに行こう。」


気合をいれて、仕事の山に向かう。
そうだ。本部に縛られるなんて、一期組異端の姫君に相応しくない。
やりたいことを、やりたいように。誰にも縛られない、自由の翼を持つ雪都だからこそ、あのバラバラで協調性の皆無なメンバーが付いてきてくれたのだ。
仕事を放り出すのは、立場的にもマズイし自分の首を絞めるだけだ。ようは、きっちり終わらせれば問題ない。何処に行くのも、何を感じて選ぶのも、全ては雪都の自由意志。
十二代目?雪都様?そんなの、後ろ足で砂を掛けて埋めてしまえ。雪都は雪都以外に成り得ないし、なるつもりもない。簡単な事だ。やることやって、それから遊びに行けばいい。



「十二代目?」


執務室の無駄に立派なドアをノックする音。いつもなら、雪都の応答がある。
どれだけノックしても呼び掛けても、返事が一つもない。


「失礼します。」


見事に消えた書類の山。それから、綺麗に撃ち抜かれた大きな窓。散乱する硝子の破片が夕日を浴びて輝いている。
立派なデスクの上には、雪都の署名と出掛けると一言だけのメッセージ。空中で輝くそれはゆっくりと回転しながら存在している。



「まずは、匡さんだね。」


オーバーオールと合わせるのは、黒いタートルネック。その上から羽織った黒いニットコートは匡のお下がりだ。鞄だけは真っ白で、靴も白いハイカット。
いつもの雪都が、雑踏の中で地図を睨みつける。



「ま、当たるも八卦。」


放り投げた十円玉。
いきなり行って、びっくりさせてやる。
それから、出来なかったクリスマスとお正月を今やって、ついでに節分とバレンタインもやろう。
仕事?息抜きだよ。仕事に終わりなんてないんだからさ。



「行きますか。」


走り出す足元、しっかりとコンクリートを蹴り上げるスニーカーが嬉しかった。